日本が誇る自動車メーカーの元社長
TH様は日本が世界に誇る自動車メーカーで欧州市場を開拓され、その後は担当部長としてマーケティング戦略策定、M&A担当部長として提携先を模索し、ドイツの有名自動車メーカーと協業体制を確立。その後は会社再建を目的に、社長就任。海外との取り引き、駐在員生活、企画、M&Aの推進など、巨大な組織をまとめてきたマネジメント能力、そして豊富な経験と人脈は、必ずや御社の心強い味方となることでしょう。
学生時代の2度にわたる海外遊学で日本の特殊性に気づく
私は学生時代と、大学卒業後にアメリカと西欧諸国を回ってきました。ヨーロッパはドイツ、フランス、イギリス、オランダ、スイス、イタリアを回ってきました。帰国後すぐに自動車メーカーに就職したのですが、海外経験が豊富だと思われたのでしょう。すぐに海外事業本部へと回されました。なにもかもが手探りな状態で欧州市場を開拓し、やがて米国市場の開拓に乗り出しました。長く海外に住んでいて良かったことは「日本がどれぐらい特殊な国であるか?」ということに早い段階から気づけたことです。1ヵ国語だけの国なんてないですから。例えばベルギーなんて道路標識も3ヵ国語です。いろいろなことに疑問すら抱かせない部分に、日本という国の問題がある気がします。
欧州で一からブランドを作り上げる日々
私が勤めていた自動車メーカーは、もともと重工業が母体だから、そもそも消費者に向けた「ブランドバリュー」なんて概念がなかった。さらに、昔は「やっぱり技術屋さんが神様」という時代でしたから、技術屋さんの言うことは全部聞かなきゃならない。だから、こちら側の注文を聞いた技術屋さんが「よし、そういう車を作ってやる!」というまで良いのですが、「その代わり、このぐらいの値段で売れ!」と言われてしまう。こっちからすると「そんな値段の車が売れるワケないよ!」と丁々発止が続くわけです。そこはやっぱり、長年培われてきた社風なんでしょう。1975年にロンドンで欧州向け1号車を販売した時も、車にエンブレムも付いてなければ会社名すらも入っていなかった。今では考えられない話でしょう?(笑)。たとえ社名を出したところで、まだ欧米諸国では「おお、ビッグスクリーンTVの会社か?」という認識です。母体である重工業のほうには、一般大衆向けの商品を売るなんて感覚は皆無だから、現地の販売店から「この車のブランドは一体なんだ?」と訊かれて、ようやく社名を入れる運びとなりました。そんな状態ですから、海外市場におけるブランド構築では、かなり後発です。それでも自社製品をたくさん売りたい情熱だけはあるから、「ウチの自動車は安いよ」って宣伝していたら、今度は「チープ」という、ブランドとしてはよろしくないイメージが付いてしまい、そのイメージを払拭するのにも苦労しました。本当に何もかも一から畑を耕すような作業の日々でした。とにかく「われわれはブランドバリューを上げるために仕事しているんだ」という感覚は、欧州時代に身につきました。
自由にモノ言えぬ会社に未来はない
私は会社が未曾有の経営危機に見舞われる中、執行役員の立場から、いきなり社長に任命されました。通常のステップを一切踏まずに、いきなりの任命です。精神的には相当キツかったのですが、私も若い自分から人間的に痛めつけられて育ったものですから、「ここで人間性の回復をしよう」と誓い、従業員が自由にモノを言える会社を目指しました。しかし現実はそんな生っちょろいモノではありませんでしたね。今、元気な会社というのは社員が自由にモノを言えている会社が多いように見受けられます。今の時代、自由にモノが言えない社風の会社は伸びません。あまりカチンカチンとした組織でやっていると、どこかで齟齬が出てきます。年功序列の良い部分もあるのですが、あれが日本の企業の元凶です。無駄な年功序列が若い人たちから元気を奪っている。若くても能力があれば、どんどん上に行けばいいんです。あと「定年」という概念もなくしたほうが良いです。
無駄に追われて問題の本質を見失う日本の企業体質
つくづく日本の社会システムは江戸時代の「士農工商」のままです。そういう感覚が企業の中に巣食っていて、そこに安住している人、背伸びしている人、背伸びしようとしている人のバランスが取れていない。会社のピラミッドの中で仕事が行き来するうちに、下流の人たちがやるべき仕事が膨大な量と化しているケースが見受けられます。要はいつの間にか、途中でいろんな人間が入り込み、余計な仕事を増やしてしまっている。間に入った人間が「保身のため」とまでは言いませんが、今流に言えば「忖度」ってヤツです。結局、「無駄な仕事を作るのが仕事」と化している連中もいる。とくに年功序列重視の日本の企業は、この悪いサイクルに陥りやすい。例えば「会議のための資料作り」で1日が終わってしまうとか。そういう無駄に追われていると、本来の議題、問題がボカされてしまう。問題の本質をつかめない。上の立場にある人間が、それをキチンと把握できていれば良いのですが、そうとは限りませんからね。だから、ある問題が生じた時に「なぜ、こんな問題が起きたのか?」と原因を追究することもできない。原因の根本、震源地が分からなければ、ただ会議の時間が長くなるだけ。大切なのは自分のやっている仕事を知ること。チーム系の仕事でも、自分がどういう価値を付加したのか?というのが大切なんです。場合によっては上司が部下に「あなたの仕事はこういう価値があるんだよ」と教えてやることも必要でしょう。「その価値があるのなら、あなたが好きに変えてもいいよ」とね。決められたことを決められた通りにやる仕事なんてのは、ここから先の未来、全部、機械に取って代わられてしまうことを覚悟したほうがいいです。そういうことに楽しみを見出す仕事を大切にしましょう。
顧問プロフィール
元大手自動車メーカー T.H様
1947年、静岡県清水市(現・静岡市清水区)出身。東京大学時代は4年間、剣道部に在籍。経済学部経営学科卒業後、学士留学で欧米各国を遊学した後に、剣道部時代の先輩の薦めで、当時、重工業から分離独立したばかりの自動車メーカーへと入社。海外本部に配属され、欧州市場へ進出。オランダ、ドイツに駐在後は北米市場でのマーケティング、駐在を経験。帰国後は企画部門でマーケティング戦略立案、提携相手の模索、提携相手との交渉に携わり、2004年に社長就任。2005年には系列の北米部門企業の会長、2007年にはアドバイザーを歴任し、2009年11月に37年7ヵ月在籍した自動車メーカーを退職した。趣味はゴルフとリコーダー演奏。